治癒した人の「生き方」から学んで 自分の治療法を自分で決める

発達障害、認知症、癌、糖尿病、アトピー…病気を発生させた根本的な原因を理解し、変えて行くこと。それが治癒への近道です。

余命2カ月のガンから生還した父・・・治癒した人から学び、自分に合った治療を選びました

      2017/02/25

発達障害も、癌も、認知症も、アトピーも・・・同じだと思います

スチュワーデスだった私が、分子栄養学を勉強して、健康に関する仕事に関わるようになり・・・

今、発達障害の改善を目指して、また、発達障害の駆け込み寺的な存在であれるよう仕事をしているのは、

すべて、末期癌の父との無謀なチャレンジが原点です

 

癌だけではなく、発達障害、うつ、認知症、糖尿病、アトピー・・・

医師から見放された患者さんが、驚くほど改善をしています。

どんな病気でも、症状でも、改善する可能性があることを

ちょっとでも知ってもらえたらと思い、

末期癌の父とのエピソードを少しお話します。

ちょっと長くなりますが、おつきあいください。

 

そして、治癒した人から学び、

自分に合った治療に、楽しくチャレンジしてほしいと願っています。

 

崖っぷちからのチャレンジ

今からもう27年以上前のことになりますが、

私の父は、末期の前立腺がんで余命2カ月の宣告を受け、そこから寛解しました。

 

「余命は約2カ月です。できる治療法は放射線と抗がん剤だけです」

私たちは、この権威ある著名な医師の判断を無視して、

「治癒した人の話」から学ぶことにしました。

そこには、事実に裏打ちされた「希望」があったからです。

 

 

病気一つしたことがない父が、突然の末期がん宣告「余命2カ月」

骨転移が酷く、致命傷だったのは首の骨(脊髄)に癌が転移していたことでした。

「明日脳に転移しても…下半身不随になってもおかしくはありません」と医師。

当然、手術はできませんから…治療法は、自動的に「放射線と抗がん剤」。

それでも、家族全員が、医師を神様のように信じ疑うことはありませんでした。

「どんなに大変な状況であっても、お医者さんが最善の方法で治してくれる」と。

まずは放射線で首の骨の痛みを抑え、あとは抗がん剤治療で治してゆく…。

ところが、家族の期待は大きく裏切られました。

放射線と抗がん剤治療を受けたところで、強い副作用から嘔吐を繰り返す父。

父は間もなく、ベットから起き上がることもままならない状態になりました。

歩行も困難になり、移動には車椅子が必要な生活になりました。

 

このままでは、癌が死ぬ前に、絶対に父が死ぬ

やっと、わかりました。

●この治療が、父にとって対処療法に過ぎないこと

●医師は完全に諦めていること。

そして、本人は…

●自分の命だというのに医者任せで、自分で責任を持とうとしていないこと

 

 

このままでは、癌が死ぬ前に、父が死ぬ!

私は、医師のように黙って諦めたくはありませんでした。

とにかく、父に合わない治療を継続することだけはやめてほしいと願いました。

そんな思いで代替療法の情報収集していた時に、「ゲルソン療法」を知りました。

ゲルソン療法とは、マックス=ゲルソン(ノーベル賞を受賞したシュバイツアー博士が、「彼ほど天才的な医者はいない!」と絶賛したドイツの医師)が構築した「癌の食事療法」です。

辞書のように分厚いゲルソンの食事療法全書という書籍に出会ったとき、

これは、神さまからのギフトだと思いました。

 

 

序章には、このような感じのことが記されていたと思います。

人間には本来の治癒力や免疫力が備わっている

癌細胞は誰の体にもあるが、これが発病するか否かは、

体の免疫力や治癒力にかかっている

体には、癌にかかっている細胞より、かかっていない細胞の方が明らかに多い。

その細胞が免疫力が高く元気ならば、癌細胞を退化させることは可能である。

細胞を元気にさせ、免疫力や治癒力を上げるのは、薬ではなく、食事から摂取する栄養に他ならない。

 

あなたの体は、あなたが食べた物から作られる…それは学問的に真実です

確かに自然の理に適っている。

副作用もない。

実際に回復している人はたくさんいる。

この療法は取組んでみる価値があると思いました。

 

 

それでも父は医師に従順な「良い患者」でした

父には既に「医者の言うことは絶対に正しい」という概念が出来上がっていました。

副作用が酷く、身動きできないような状況にあっても、父は医師を信頼しました。

信頼していたのではなく、信頼したかったのかもしれません。

 

私がどんなに

副作用のない代替療法を勧めても

ビタミンやミネラルなど栄養補助食品を勧めても

それが体を少し楽にしたとしても

「処方した薬以外、飲まないでください」と医師が言えば

私がどんなに理論的な説明をもってしても、医師の指示には敵いませんでした。

それどころか、「先生の機嫌を損ねないでほしい」と父からお願いされました。

 

 

私は父の願いを無視して、とうとう医師と闘ってしまいました(笑)

「こんなに副作用が酷くて、食事もできず…患者の回復力はどうやって養うのですか」

「・・・」(医師)

「転移もある体に、それもこんなに衰弱して…それでも抗がん剤の効果は期待できますか」

「・・・」(医師)

「先生は父に何をしてくれますか」

「結局できることは、精神的なサポートしかありません」(医師)

「それなら、なぜ抗癌剤を勧めるんですか?」

「・・・」(医師)

「先生の会話は、父の精神的なサポートにもなっていませんから!」

 

 

この会話の後、私が病室にいる時に、医師が来室することはなくなりました(笑)

医師からすれば、私は「目の上のたんこぶ」の「超面倒な患者家族」だったと思います。

 

医師の反対に屈せず、父自身が治療法を選択しました

医師を崇拝していた父には、あまり危機感がありませんでした。

そんな時代だっただったかもしれませんが…。

家族で話し合った結果、

父に尊厳をもって、告知することにしました。

[一瞬ショックを受けても、今までの人生を生き抜いてきたように、きっと父は立ち上がる]

そう信じて、そして一緒に取り組む覚悟で、父に告知しました。

 

 

「お父さんの命は余命半年(実際は2カ月)の末期です・・・

自分の命に責任を持って、自分で治すための行動をとるか、

お医者さんに気を遣い、指示に従いながら死を待つか、

好きな選択をしてください…お父さんの命だから。

私はどちらも協力をしますから」

 

 

この告知に、もちろん大ショックを受けたと思います。

でも、父は確かに変わりました。

意欲的にガンから生還した人の本を読み、

その事実から学ぶようになりました。

父に必要なだけの時間はかかりましたが、

自分で治療法を決めました。

 

死を覚悟しつつ、車椅子でメキシコへ

「メキシコに行く!」

父は初めて、自分で生きるための選択をしました。

私は、車椅子でしか移動が困難な父と、メキシコのゲルソン病院に向かいました。

 

 

病院(ゲルソン・インスティテュート)は、メキシコのティファナにありました。

ロサンゼルスで乗り換えサンディエゴに・・・そこからからボーダーを超えてメキシコに・・・

おそらく誰も、父の生還を心から信じた人はいなかったと思います(笑)

 

 

無事、長いフライトを経てゲルソン病院に到着し、すぐに治療が始まりました。

といっても、治療というのは、

一日13杯の人参とリンゴのジュース、青汁…

無塩、無砂糖、無脂肪、無動物性蛋白質の食事…

オーガニックの生野菜、温野菜、果物…

それらを沢山食べて…

ビタミンB17やビタミンB12の注射をして…

膵臓酵素とか、酵素をしっかり摂って…

コーヒー浣腸をして…

 

 

プログラムにはない内容も取り入れました。

ゲルソン病院の目の前は海岸。

こぶし半分くらいの石がゴロゴロしていて、

底の薄い靴出歩くと、足裏に程よい刺激がありました。

そこを歩くと全身の血流が良くなり、代謝が促進されてゆくのがわかりました。

何より腸の動きが良くなり、食事が沢山食べられるようになりました。

この海岸の散歩を一日に3回は歩いたと思います。

最初は5分から、無理のない「気持ちが良い」という範囲で行いました。

 

 

ゲルソン病院には、末期がん仲間のコミュニティーができていました。

中庭に集い、みんなで楽しく笑いながら、時には痛みを分かち合い力付けあって、

そして希望を持って過ごしていました

 

 

父の体は確実に良い方に向かいました。

まず、皮膚がツルっツルっになりました。

抗がん剤をしていたころのどす黒くて、ザラザラのサメ肌がもち肌に変わりました。

車椅子でしか移動できないほど弱っていた体にも力がついてきて、

自分で歩行するようになり、脚には筋肉もついてきました。

病院の中で、誰より暗くて、死神の様な雰囲気の父に(笑)笑顔が戻り、

なにか、「生命力が湧いてきた」という感じでした。

 

自分の治療法は、自分で決める

父は、こうして奇跡的にも命拾いすることができました。

抗がん剤治療の副作用があまりにもひどかったお陰で、

父は自分に合った治療法を選択するチャンスに恵まれました。

 

何が父の体を変えていったかというと、

ストイックな食事療法だけが体を変えたのではなく、

心理的なサポートも、適度な運動も、サプリメントも、力付けあう仲間も

どれも効果があったと思います。

なにより、受け身にならず、

治癒した人の生き方に学び、

自分にあった療法を選び、

自ら行動したことが、良い結果を作ったと思います。

 

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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