取り組んだ方々の声

体験談 HUくん(29歳・東京)

デトックスと遺伝子多型検査、その効果

受診し、早速これまでと違う治療を始めた。
まず、医師が開発した脳関門を通過し有害な金属を少しずつ出すことを可能にした「インナーボディマイナス」というサプリメントで、デトックスを開始した。
わからないことは、尋ねるとよく教えてくださった。最初は、三〜四ヶ月毎に毛髪検査をしながら、とにかくデトックスを中心に治療を続けた。
更に腸を整えるために腸内環境を整えるサプリメント、必要なミネラルも摂るようにした。毛髪ミネラル検査結果から、食事面などを気をつけるようになり、特に有害な金属が溜まっている大型魚はなるべく控えるように気をつけた。毛髪検査の結果を私は折れ線グラフにしてみた。息子の体から有害な金属が排出されて行くことが楽しみになった。息子の体の中にこんなにも有害な金属が入っていたのかと驚いてしまう。
こうした治療をしながら五年位の年月はあっという間に過ぎていった。体から有害な金属が排出されるのだから、必ず良い結果は出ると信じていた。

良い結果は出た。治療をやり始めて半年位から、薄皮が剥がれるごとく効果は出てきた。特により効果が出てきたのは、二年前、12項目の遺伝子多型検査を行い、その結果を基に、問題点に的を絞って必要なビタミン、ミネラルのサプリメントを摂るようになってからだと感じている。
もうひとつ効果が出た理由は、それ以前にデトックスをかなりやったからではないかと思っている。今でもデトックスは続けている。
治療をはじめて七年間くらいは経っているが、長いとは感じたことはない。息子が良くなっていくのを見るのが喜びになっているからだ。

具体的な効果は三つ。一つ目は、パニックがなくなった。二つ目は、理解力が増した。それに伴って、言葉が豊かになり、単語を繋いだような言葉がきちんと文章になった。
三つ目はアイコンタクトが取れるようになってきた。
以前は時々イライラしてはヒステリックになっていたが、その症状も徐々に減ってきて、現在は殆どない。おそらく、文章化した会話が徐々に出来るようになり、相手に自分の気持ちを少しずつでも伝えられるようになったことが、イライラが減った要因の一つだと思う。時にイライラしてもその理由を尋ねると話してくれるので、私でも対処ができる。
先日、「昔、何でイライラしていたの?」と尋ねたら、「しゃべるのが難しかったから」と息子は答えていた。
前述した学校の陶芸の先生のことも、話の序に尋ねると、「嫌い」と言った。「なぜ嫌いなの?」と尋ねると、「怒るから」と。「なぜ怒られたの?」と尋ねると「陶芸をやらないから」と答えた。「なぜ陶芸をやらなかったの?」と更に尋ねると、「粘土を触るのが嫌だったから」と答えた。どうも粘土の感触が嫌いだったようだ。「嫌なら嫌だと言えばよかったのにね」と私が言うと、「しゃべれなかったから」と言っていた。
以前の嫌な体験も、過去に遡って穏やかにそのことを話してくれる。こだわりが強かったせいか、過去のことは良く覚えている。

イライラが減ってきたので、チックの薬を徐々に減らしていった。前述したように、今では完全に止めている。
止めても、ヒステリックにはならない。チックはあるが、私は息子と一緒にいて、ずっと楽になってきた。楽に慣れてきて、以前の大変ささえ忘れている。
なぜなら、パニックもなくなり、私の言うことが以前よりわかるようになってきたので、コミュニケーションが取れるようになってきたからだ。
今では、私が言っている意味がわからないと、「○○って、何?」と聞かれる。息子の理解力は確実についてきている。
そして、それを感じることは、私の大きな喜びや楽しみになっている。

脳は確実に変化した…その結果

その後、(株)カナ・ラボで実施している、更に検査項目が増えた30項目遺伝子多型検査を受けた。以前の検査より18項目増え、更に詳しく息子の脳の状態がよくわかった。
今は、それに基づいて、より効果的な個人対応のサプリメント治療を行っている。
言うまでもなく、脳の状態は一人々々違う。以前、12項目の遺伝子多型検査結果が出た時は、良い意味での衝撃だった。息子の脳の神経伝達回路の状態が検査範囲内でわかったからだ。小さい時から息子の脳はどうなっているのだろうと、ずっと知りたかった答えが得られたからだ。遺伝子多型の説明は本当に納得できた。

生まれつきの変異は、重度でなければ個性と考えられる。問題は、有害重金属が脳に入ることによって、さらにダメージを受けてしまうことだ。
それなら、有害な金属は体外に出してやり、脳にとって必要な栄養を取り入れていけば、今後、息子はもっと社会で生きやすい人になっていくはずだ。漠然とした希望ではなく、着実に取り組むべきこととその先にある結果に希望が見出せた。
社会に受け入れられやすい人のほうが、やはり幸福だと思う。息子に自閉的という診断名が出た三歳の時から、少しでも社会に適応できるようにという目標に向かって取り組んできたが、ここで飛躍的に適応能力が上がると確信がもてた。                 
障害だからどうすることもできないと一旦はあきらめたことが、今は、改善する可能性を実感できることに、親である私はワクワクしている。
冒頭で述べたように、これまで私の判断で(勿論、夫と相談している)、必要と思われることはその都度チャレンジしてきた。いろいろな分野の方々にお世話になり、それぞれの相乗作用を得て現在の息子がいる。
そして今、私がずっと望んでいた「脳の状態を良くする」アプローチとしてサプリメント治療にやっと辿り着き、治療に取り組んでいる。

息子と過ごしてきて、脳は確実に変化することを感じる。
例えば、あれほど悩んだ言語。言葉の文章化及びコミュニケーションの力がどんなふうについてきたかというと、息子はアルバムをよく見ているので、ある時、どうしてアルバムをよく見るのか尋ねたら「小さい時のことを知りたいから」と答えた。
本人いわく、三歳頃以前の記憶はないらしい。遊園地に行ったアルバムを見ていたので、ジェットコースターに乗ってケタケタ笑っていたことを思い出し「ジェットコースター、好きだったよね」と言うと、「嫌いだった」と答えた。「何で?」と尋ねると「怖いから」と意外な返事。おそらく、怖さで逆に笑っていたのだろう。好きだとばかり思って何度もジェットコースターに乗らせたことを思い出し、「じゃあ、何で嫌だと言わなかったの?」と聞くと、「しゃべれなかったから」と言った。陶芸が嫌だと言った時と同じだ。
会話ができるようになって良かったことは、息子が相手に言いたいことが言えなくて、誤解されたり怒られたり、嫌な思いをずっとしてきたのだということが分かったことだ。
コミュニケーションが取れないことは、親も先生も大変だけれど、それ以上に本人が大変だったということをやっとわかってあげることができた。

更に驚く結果は、息子は少しずつだが、確実に状況に適した言葉を発することができるようになってきていることだ。
自閉症の子どもにとって、状況を把握し理解して、更にそれに合わせた言葉を発するということは、かなり困難だと言われている。私もそれだけは、どんなに脳が良くなっても無理だと、既に諦めていた。
ところが、良い意味で期待は裏切られている。
例えば、寒い日に自宅に帰るやいなや、オーム返しではなく自ら「寒かったね」と言ったり、「雨は降っている?」と外の様子を聞くと、それまでは「降っている」か「降っていない」かしか答えなかったのに、「少し降っています」と降水の状態まで応えるようになった。
玄関に靴がたくさん並んでいたら、自分が靴を履く時に「じゃま」と言ったり、また、こんなのともあった。私が財布を失くしたかと思い「財布、知らない?」と焦った様子で大きな声を出したことがあった。結局、財布は見つかったのだが、その状況をみていた息子は「さっき、びっくりしたね」言ったのだ。以前にはなかった、このような当たり前の反応が、今ではその場に適した反応を自然にしているのだ。
それだけではない。ある日、弟が自分のお金でピザを頼んで食べているのを見て、「僕も、自分のお金でピザを食べたいです」と言ったのだ。工賃は安いが、自分で働いてお金を稼いでいるという意識があるのだと思う。
このように、状況を深く理解した上で、自分の意志や考えまでも言えるようになったのだ。これは、かなり画期的なことだ。

言葉に関しては、言語訓練でやったことが、脳の状態が改善されることによって活用されてきたようにも思う。
ただ単語を並べた話し方ではなく、理由付けした話し方をするように心がけてきたことが、神経伝達回路が上手く繋がってきた時に、文章化してアウトプットされているのではないかと。

サプリメント治療を行う前はどうだったかというと、大人になっているというのに、作業所から帰ってきた時に「ただいま」と言うところを時々「おかえり」と言うことがあった。
漫画のような笑える話なのだが、言葉の意味が理解できていない象徴のようなエピソードだと思う。
サプリメント治療を始めてからそれは比較的早い時期に改善され、今はもう間違えることはない。
発声は不明瞭なところがあり、言語聴覚士にはこれ以上は望めないとまで言われ、高校卒業と同時に訓練も卒業しているが、発声も今後良くなるかもしれない。何しろ「発声が不器用」と言われながら、ここまで会話ができるようになったのだから。

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